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第11回長野県大会 1981年

集会メインテーマは
       深めよう 権利としての手話通訳を!
       強めよう 手話通訳の組織化を!!
       広めよう 地域に 手話を!
       進めよう 聴覚障害者の全面参加と平等を!!

 この年は国際障害者年の開始年でした。
 長野の道路の横の畑にリンゴがなっているのを見て感動したのを覚えています。

 行政主催の様々なイベントに手話通訳が付けられるようになったり、大分県の広報番組でも
年間30本近く手話通訳が付けられて放映されるようになりました。

 手話講習会を開催する市町村も徐々に増え、手話を学ぶ健聴者も各地に増えてきた頃です。

【1981年の大分県】
★中津市・杵築市手話講習会開催
★新年文化講演会・祝賀会に全通研の運営委員長の伊東雋佑氏を講師として招いた。
★県ろうあ協会宇佐、日田・玖珠支部設立 。
★県障害福祉課に手話通訳者設置。聴覚障害者に関わる諸問題を行政に反映できるきつかけとなる。
★県協会内にろう者劇団「ピエロ」結成され、その後全国的にも知名度のある劇団となる。
★第2回大分県手話通訳認定試験実施 〔13名受験 6名合格〕
★竹田市・宇佐市・日出町・佐賀関町で手話講習会が開催される。県内各地に講習会が広がってきた。
                   【松本城】  
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by zentsuken2011oita | 2011-06-21 19:03 | 全通研大分集会シリーズ

設立当時の全通研大分支部の活動④

現在は大分県障tがい者スポーツ大会の通訳配置は県聴覚障害者協会が調整しています。
当初は県手連が担当していました。

しかし、県ろう協・県手連・全通研の3団体で協議して「手話通訳配置等に関することは全通研が担当する」ということが決まりました。
全通研支部が設立されたことにより、県手連と全通研支部の違いは何か、役割はどうするのかについて論議されていた時期であり、少しずつ整理を開始した時期でした。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-21 08:22 | 全通研大分集会シリーズ

大分集会 決起集会!

全通研大分集会の成功とスタッフの士気高揚のために全通研研修部長の渡辺氏が6月19日に来県され激励のことばと講演をしていただきました。
お忙しい中を大変ありがとうございました。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-20 17:23 | 全通研大分集会シリーズ

広報班 号外:大分集会参加目標人数決定!

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by zentsuken2011oita | 2011-06-19 21:14 | 速報・広報

第11回静岡県大会 1978年

集会メインテーマは第9回大会から同じです。
「深めよう 権利としての 手話通訳を!
           強めよう 通訳活動の組織化を!」

この年に全通研会員が初めて1,000名を突破しました。

全通研の大会に参加したのは今から30数年前の静岡大会に参加したのが最初でした。
まだ学生の頃で手話サークルの仲間と山の上の会場(静岡大学だったような・・・)
に参加したことを記憶している。
内容についてはその後の大会と記憶がまじりあってはっきり覚えていない。

その後福岡での大会に参加し、卒業後に長野、愛知の大会に参加した。
長野、愛知の大会では専任通訳者の分科会に参加して、東京や京都の専任通訳者
達が交わしている意見に圧倒されたことを今でも鮮明に覚えている。

巡り巡って大分での開催に関わることができ、大変うれしく思う。
大会まで3か月の残された期間を精一杯頑張ろう!  NASU
【1978年の大分県】
★県ろうあ協会津久見支部が設立される。
★字幕付き映画上映会開催 参加者多数
★日田・臼杵自動車学校へろうあ者の受け入れ依頼文書提出
  県警に陳情※県内自動車学校へろう者の受け入れ要請/
  当時運転免許証所持会員は約60名
★理容部創立10周年記念式典開催
★手話サークル「ひた」設立と、手話サークル「せきぶつ」設立(臼杵市) 
                  【静岡 駿府城】
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by zentsuken2011oita | 2011-06-19 19:42 | 今までの全通研大会

設立当時の全通研大分支部活動③

手話通訳制度化について全国的に検討がなされるようになり、各県支部においても地域協会と連携して検討委員会の立ち上げの通知が全通研本部から来ていました。
このように本部からの指示に基づいたものの他に支部独自て県ろうあ協会との協議を頻繁に行っていました。

支部活動について暗中模索の状態の中で理論誌づくりを提案しましたが、これは幻に終わったと記憶しています。事業の取り組みは空振りも多かったような気がします。

 当時は手話通訳者の身分保障のための取り組みを開始していましたが、九州各県に調査票を依頼してもなかなか回答が得られずに全通研運営委員長あてに資料提供を求めています。通訳者個々人のプライバシーに関わる問題でもあり、情報が得られにくい状況でした。大分県内の通訳者の身分保障を検討している時期であり、他県のデータを必要としていました。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-19 06:34 | 全通研大分集会シリーズ

第9回 京都大会 1976年

集会メインテーマ「深めよう 権利としての手話通訳を! 強めよう 通訳活動の組織化を!」
で大会が開催されています。

手話奉仕員派遣事業が開始された年であり、全国ろうあ者大会と切り離した独自開催の初めての
集会でした。

前年には全日本ろうあ連盟の高田書記長が参考人として民法11条の改正について衆議院予算委員会で公述しています。
◎民法旧11条
「心神耗弱者、聾者、唖者、盲者及び浪費者は準禁治産者としてこれに保佐人を附することを得」と
いう規定でした。これにより法律上、自ら財産管理能力がない者に準じる状態にあるので保佐人をつけ、その同意のもとに行動することができるという意味です。ろう者イコール準禁治産者と規定するものではなく、家庭裁判所の判決や宣告によって初めて準禁治産者になります。しかし、家庭裁判所の判決がないのに、この条項を悪用して財産分与等の時にろう者がのけ者にされたりする例がありました。
京都大会1453名の参加者。

【1976年の大分県】
★別府市・臼杵市手話講習会が開催されています。これは昭和46年に大分市で手話講習会が開催されて以後、大分市以外で手話講習会が開催されました。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-18 08:43 | 全通研大分集会シリーズ

協会の歩み⑤大分県聴覚障害者センター時代

 大分県聴覚障害者センター時代(平成8年10月~)

 e0209208_14135370.jpg全国で13番目の情報提供施設として施設職員5名と聴力障害者相談員1名の6名でオープンした。従来の職員2名から人数も増え、各種事業に取り組む体制が整った。
まず、情報提供施設の基本的事業である手話・字幕入りビデオの制作貸し出し事業や手話奉仕員・通訳者派遣事業が徐々に拡大し、教育機関への手話指導者派遣事業、その他県議会・市議会傍聴手話通訳派遣事業の開始等、施設設立以前に比べると予算規模は約10倍になり、九州内の聴覚障害者団体の中でも委託事業費がトップという実績からも大分県協会は多岐にわたって事業に取り組んできた経過が伺える。

 平成13年度からは手話通訳派遣コーディネーターを設置し、8市から手話通訳派遣事業の委託を受け、手話通訳派遣の一元化を促進してきた。     
平成18年度から平成の市町村合併が行われ、大分も58市町村から18市町村に減ったことにより手話講習会場が大幅に減少し、手話講習会修了者を手話サークルに送り出すというシステムが壊れてしまった面がある。今後、手話講習会が開催されない市町村や少数会員のサークルは活動が停滞してしまうことが心配される。

一方平成18年4月から施行された障害者自立支援法の中で、10月開始の地域生活支援事業のコミュニケーション事業が市町村に義務化されたことにより、手話通訳者派遣事業や要約筆記者派遣事業を開始する市町村が増加し、手話通訳者派遣は18市町村、要約筆記派遣は17全市町村で実施されるようになった。

従来の県からの委託事業と聴覚障害者センターの運営業務、そして新たに社会福祉法人を経営していくという視点から様々な事業を意欲的に展開してきた時期である。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-17 06:05 | 運動と協会事業

学習の合間にちょっと一息…

へ~(._.) ほう~(@_@) なるほど…と
先輩方の過去の活動を読みながら、
改めて大分支部の運動の歴史を学ばせていただいてます。

勉強に疲れたら、ビールを飲んでちょっと一息(^。^)y
サッポロビールが、大分トリニータのマスコットを
「麦とホップ」の缶にデザインした
「飲んで応援!トリニータ」缶をだしました。
1缶につき1円を経営難の大分トリニータに寄付します。

1万ケースの限定販売。大分県に工場があるサッポロは
トリニータのスポンサーでもあります。
8月末までの予定なので、大分にいらしたら、ぜひお試しを!

ビールを飲んで、リフレッシュ!
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by zentsuken2011oita | 2011-06-16 01:01 | 大分の名産シリーズ

協会の歩み④大分県総合社会福祉会館時代

大分県総合社会福祉会館時代(昭和61年~平成8年9月) 

 総合福祉会館の2階事務所に協会事務所を入居すると同時に専従職員を設置、協会事業を進めていく体制が整ってきた。この福祉会館には大分県身体障害者福祉センターが併設されており、体育館、温水プール、卓球室、機能訓練室、料理実習室、会議室等があり多くの協会会員が利用するようになった。  

 さらに身体障害者福祉センターには、県庁障害福祉課の専任手話通訳者が生活指導員として配置されるようになったため、協会事務所のみでなく身体障害者福祉センターにおいてもろうあ者の各種相談にも応じる体制が整ったとともにろうあ者が参加者しやすい各種教室も企画され、センター利用者の中でもろうあ者の利用が際立っていた。

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事業については県から新たにビデオライブラリー事業の委託が加わったとともに市町村からの手話奉仕員養成事業の委託事業中心に進められてきた。
会員対象に機関誌を毎月発行していく体制を整えた意義は大きく、会員に各種の情報を提供と共有化が図られ、会員相互の連携が促進させられた。
          
 そして、昭和61年から手話学習者を中心にした「賛助会員制度」を設け、年間3,000円の会費で毎月協会の発行する機関紙「豊の国聴障ニュース」を自宅に郵送するようにした。制度発足当時は数十人程度であったが数年後には700人程度に定着するようになった。
協会の事務局体制が整ってくることにより、協会の支部も4支部設立し、組織の強化が図られてきた時期である。

 平成5年には幅広い活動を目指し、難聴者や中途失聴者も入会しやすいように名称を「大分県ろうあ協会」から「大分県聴覚障害者協会」に変更した。 職員は聴覚障害者相談員1名と専従職員1名の2名体制で事業を進めてきた。市町村からの手話奉仕員養成事業委託拡大と機関紙の発行や会員向けの事業が充実してきた時期であり、また、聴覚障害者情報提供施設設立に向けて県聴覚障害者協会の社会福祉法人化や施設の建設に取り組みがはじまっていた。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-15 06:41