カテゴリ:秘密でない県民シリーズ( 22 )

友情の蛍

「友情の蛍」竹田小、大分市の施設へ
[大分合同新聞 2011年06月11日 より引用]

 竹田小の児童(右)からホタルを受け取るあけぼの学園と清明学園の代表=11日午前
 竹田市竹田小学校(下田博校長、139人)の6年生約20人が11日、e0209208_189619.jpg大分市東大道のろうあ児施設「あけぼの学園」と盲児施設「清明学園」(いずれも中川隆博園長)を訪れ、地元で捕まえた約380匹の「友情の蛍」を贈った。

 竹田市の旧明治小と両学園との間で長年行われ、統合後の竹田小が引き継いだ恒例行事で、今年で59回目。贈られたホタルは学園の子どもたちが飼育して卵を産ませ、幼虫にふ化させた後、竹田小へと“里帰り”させている。

 この日は、学園で受け渡し式があり、竹田小の代表がホタルの入ったケースを手渡した後、児玉志保さん(11)が「皆さんがホタルを見て喜んでもらえることを楽しみにしながら捕まえた」とあいさつ。
 あけぼの学園代表の比嘉宗太さん(17)=県立聾(ろう)学校高等部3年=は「学園の近くにはホタルがいないので、毎年楽しみにしている。みんなで大切に育てます」と話した。

1984.7.15大分合同新聞 記事
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by zentsuken2011oita | 2011-06-12 05:40 | 秘密でない県民シリーズ

AKB48総選挙

全通研や大分の運動の歴史などまじめな話題が続いていた時に
なんでAKB?と思われるかもしれませんが…(^^ゞ

昨年の19位から今回9位に躍進した”指原莉乃”(さしはらりの)さんは
大分県の出身。
テレビに出ると「私、大分県の出身なんです。」と九州の中でも地味な
大分県を宣伝してくれます(^O^)/



私たちも、おもてなしの心で、
大分県をアピールしましょう(*^^)v
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by zentsuken2011oita | 2011-06-10 00:03 | 秘密でない県民シリーズ

広瀬 淡窓

広瀬淡窓(ひろせたんそう、天明2年4月11日(1782年5月22日) - 安政3年11月1日(1856年11月28日))は、江戸時代の儒学者で、教育者、漢詩人でもあった。豊後国日田の人。

咸宜園は、文化14年(1817年)に広瀬淡窓が開いた私塾の跡です。
国指定史蹟になっています。
淡窓は、士農工商の身分制度があった時代に身分に関係なく広く門戸を開き、高野長英や大村益次郎など、淡窓が没するまでの50年間に全国66カ国から集まった約三千人の門弟を教育したそうです。

咸宜園の咸宜(かんぎ)という言葉は「皆よろし」という意味があり、身分に関係なく誰でも入門でき、本人の努力次第で昇級できるという平等の精神が込められているそうです。
咸宜園では身分に関わらず学ぶ機会を与え、それぞれの個性を重んじた教育をしたそうです。素晴らしいことですね。

淡窓は号。通称は寅之助のちに求馬(よみはモトメ)。諱は建。字は廉卿あるいは子基。別号に青渓など。末弟に広瀬旭荘、弟広瀬久兵衛の子孫に、日田市長、衆議院議員だった広瀬正雄、その子息の一人広瀬勝貞は現大分県知事。
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by zentsuken2011oita | 2011-05-19 08:21 | 秘密でない県民シリーズ

福沢 諭吉

豊前中津藩蔵屋敷のあった大坂(大阪)堂島に生まれ、豊前中津藩(現・大分県中津市)で育つ。
慶應義塾(慶應義塾大学)の創始者。
1858年には江戸築地の豊前中津藩藩屋敷内に慶応義塾の前身を開校。

江戸末期に蘭学から英学者へと転じ、江戸幕府の遣欧使節として3回派遣される。
現在、一万円札の肖像に使われている。

「天は人の上に人を造らず
 人の下に人を造らず」
  
 出典:『学問のすすめ』、福沢諭吉、岩波書店、P11より

     非常に有名な言葉です。
     ただし、福沢諭吉が言いたかったのは、
     みんなが平等、ということではありません。

     平等なはずなのに、貧富の差があるのはなぜか?
     それは、学問をしているか、していないか、
     その差がそのまま貧富の差になっているからだ。
     だから、学問をしなさい、というのが、彼の主張です。
     それゆえ、タイトルが『学問のすすめ』なのです(^^)。
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by zentsuken2011oita | 2011-05-18 05:54 | 秘密でない県民シリーズ

大分のローカルヒーロー

大分を愛するみんなの心が集まって発生したエネルギー体「キョードアイ」が
大分の為にがんばる人に宿り誕生したスーパーヒーロー。
必殺技は「真羅神拳(しらしんけん)」

敵役は、ダークシティオーイタ。
大分の特産品をダークチェンジさせてダークモンスターを生み出す。
”ナバロン””カイボス””ゲサキング””ジューカーレイ”
名前を聞いてピンと来る人は、立派な大分県人。

3月13日のOABおやじフェスタで、パワーシティオーイタの
勇姿が見れる予定でしたが、東日本大震災が発生
フェスタは中止となりました。
残念でしたが、きっと正義のヒーローは一般人の姿になって、
被災者を助けていることでしょう。
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by zentsuken2011oita | 2011-05-02 00:10 | 秘密でない県民シリーズ

南 こうせつ

大分市の曹洞宗勝光寺の生まれ。
大分県立大分舞鶴高等学校卒業、明治学院大学社会学部中退。
寺は次兄・光洋が継ぐ予定だったが早世し、現在は、東京でサラe0209208_251557.jpg
リーマンをしていた長兄・慧昭(えしょう)が定年退職後に跡を継ぎ、住職を務めている。

人気の国民的シンガー・ソングライター。かぐや姫時代、「神田川」
「妹」「赤ちょうちん」といった哀愁募るハートフル・ソングを作曲。

現在、大分県杵築市在住。妻はエッセイストの南いくよ(南育代)。 ...
代表曲の一つに夢一夜がある。
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by zentsuken2011oita | 2011-04-03 10:25 | 秘密でない県民シリーズ

滝廉太郎

『荒城の月』 (こうじょう/くわうじやう・の・つき) は、土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲による歌曲。
哀切をおびたメロディーと歌詞が特徴。
瀧廉太郎は、大分県竹田市で幼い頃を過ごした

大分県では、竹田市の豊後竹田駅において、列車が到着する際の接近メロディとして歌詞付きでこの曲が流れる。岡城の下を走る国道502号の上り車線にはメロディ舗装がなされた区間があり、車が通過すると荒城の月のメロディが聞こえるようになっており、岡城からでもその音を聞くことが出来る

「荒城の月」

春高楼(こうろう)の花の宴(えん)
巡(めぐ)る盃(さかずき)かげさして
千代(ちよ)の松が枝(え)わけ出(い)でし
昔の光いまいずこ

秋陣営(じんえい)の霜の色
鳴きゆく雁(かり)の数見せて
植うる剣(つるぎ)に照りそいし
昔の光いまいずこ

いま荒城の夜半(よわ)の月
替(かわ)らぬ光たがためぞ
垣に残るはただ葛(かずら)
松に歌うはただ嵐(あらし)

天上影は替らねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお
嗚呼(ああ)荒城の夜半の月
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by zentsuken2011oita | 2011-03-30 00:23 | 秘密でない県民シリーズ

大分弁

全体として中国方言の影響が強く、九州方言の中ではやや異質な方言であると言える。例えば、九州方言に比較的広く見受けられる形容詞のカ語尾、終助詞の「たい」、逆接の接続詞「ばってん」、準体言助詞の「と」などは用いない。語尾は「~ちゃ」「~けん」(「ちゃ」は強意、「けん」は理由を表す)などを用いる。

◆可能表現の使い分け [編集]西日本各地の方言と同様に、状態可能と能力可能の表現を使い分けるが、大分弁においては、状態可能表現が主観と客観によってさらに二分化され、あわせて三種類の使い分けがなされている。

1.「食べらるる」→(腐っていないから)食べることが出来る。(=状態可能/客観)
2.「食べれる」→(まだ満腹ではないので)食べることが出来る。(=状態可能/主観)
3.「食べきる」→(苦手だったりお腹にあたる人もいるけれども、自分は)食べることができる。(=能力可能)

◆「-よる」と「-ちょる」の使い分け [編集]西日本各地の方言に共通して見受けられる、動作の進行・継続を表す「-よる」と、状態の完了・継続・結果を表す「-ちょる」の2種類のアスペクト表現が大分弁にも存在する。「-よる」は「-よん」、「-ちょる」は「-ちょん」に変化することもある。

1.さっきから雨が降りよるなぁ。→さっきから雨が降っているね(今も降っている)(=進行・継続)
2.いつん間にか雨が降っちょるなぁ。→いつの間にか雨が降っているね(今はもう上がっている)(=完了・存続・結果)

◆すもつくれん  ……つまらない      むげねえ    ……かわいそうな
えーらしい   ……愛らしい         一寸ずり    ……ちょっとずつ
さかしい    ……元気な          たまがる    ……びっくりする
よだきい    ……おっくう          だんだん    ……ありがとう
しらしんけん  ……一生懸命        いびしい    ……気味が悪い
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by zentsuken2011oita | 2011-03-25 05:56 | 秘密でない県民シリーズ

大分の二度泣き

まずは、震災から一週間・・・日を追うごとに悲惨な状況が・・
被災者の皆さんにお見舞い申し上げます
さて、全国的に寒の戻りで寒かったですがやっと暖かくなりましたね。(>_<)
その中すてきなものを友達が見つけてくれました!!
                      サクランボの花
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初めてブログに挑戦します(*^_^*)
知っちょんかえ?
皆さんは「大分の二度泣き」という言葉を知っていますか?
私も何年か前に主人が教えてくれました
(主人はこよなく大分県を愛し、大分の歴史にも詳しい大分県人です)
県外の方が転勤で大分に行くように言われ「大分のような田舎には行きたくない」と
言って泣き(>_<)何年か大分に住み、帰省することになると
「大分のような住みやすいところを離れたくない」と言って泣くらしい。
ちなみに、東京には、大分の二度泣き経験者の集いもあるとか。
あなたは大分の良さをいくつ言えますか?

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大分県の風土と人が芸術家を刺激する
大分県にすばらしい有名人、偉人、奇人を輩出しています。
このことは、以前ブログにも載っていましたね。
その他に映画のロケ地に数多く使用されています。
監督たちは『どうしても、大分で撮りたかった』らしいです。
理由は雄大な山と豊かな海を持つ大分は、
テーマに反した夾雑物が少なく映画のロケ地の最適!!
でも、それ以上に深い人情と海山の幸が監督たちを魅了したのかもしれません(*^_^*)
「なごり雪」「22才の別れ」「男はつらいよ」2本「釣りバカ日誌19」
「風が強く吹いている」「恋空」「風のハルカ」「デトロイト・メタル・シティ」
「復讐するは我にあり」「乱」「悲しき天使」「国東物語」・・他にもあれば教えて!
あなたはいくつ知っていましたか?
私は近年2回も偶然にロケシーンに出会いました(でも、どちらもロケとは気付かずに・・
家に帰宅して娘に「駅の近辺が渋滞してたよ」(22才の別れ)
「今頃、駅伝なんてあったかな?」(風が強く吹いている)こんな自分にガックリ(――〆)

私はこのブログを作りながら改めて、「大分はすごい!」と感激。
本当に緑は多いし、山も海も近い、その上食べ物は美味しいとなると・・「やっぱ大分は最高やね」(*^_^*)
もっと大分の良さを全国に発信するためにしらしんけん頑張らんといけんわ!
みなさん、よろしくお願いします(^_-)-☆

追伸
手話で忙しい私に代わり、夫は台所で日夜料理づくりで協力してくれています。
私のおかげで夫も料理がうまくなり、逆に感謝されています?
夫が作ってくれた料理です。
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イチゴタルト

総合運営部 カイマサ
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by zentsuken2011oita | 2011-03-19 20:11 | 秘密でない県民シリーズ

一村一品運動

一村一品運動(いっそんいっぴんうんどう)は、1980年から大分県の全市町村で始められた地域振興運動。1979年に当時の大分県知事である平松守彦氏により提唱され、各市町村がそれぞれひとつの特産品を育てることにより、地域の活性化を図った。

運動の原点となったのが旧・大山町(現・日田市大山町)が1961年から行っていたNPC運動(New Plum and Chestnut運動) である。稲作に適しない山間地帯であることを逆に生かし、「梅栗植えてハワイに行こう」というキャッチフレーズの下、収益率が高く農作業が比較的楽な農作物を生産、果物を出荷するほか、付加価値が高い梅干しなどに加工して出荷を行う運動であり、これが成功したことを平松知事が着眼し、大分全体に広がる形になっている。

「ローカルにしてグローバル」という標語のもと、全国、世界に通じるものをつくるという目標を掲げ、自主的な取り組みを尊重し、行政は技術支援やマーケティング等の側面支援に徹することにより、自主的に特産品を育てることができる人や地域を育てる「人づくり」「地域づくり」を行った。また、付加価値の高い特産品を生産することによって農林水産業の収益構造の改善に貢献した。

一村一品運動は、大分県内に、シイタケ、カボス、ハウスミカン、豊後牛、関あじ、関さば、大分麦焼酎など全国に通用するブランドを生み出した。現在では、特産品の品目は336にのぼり(うち、年間販売額が1億円以上の産品131品目)で、生産額は総額で1,400億円に達している。

この運動は、日本国内の他の地域やタイ、ベトナム、カンボジア等の海外にも広がりを見せている。政府も途上国協力の方策として、途上国における一村一品運動を支援している。特にタイでは、タクシン・チナワットが首相のときに一村一製品運動として政策を行なった。その他、大分県に近い熊本県の小国町・南小国町などでも、独自にこれに近い運動を行って成功している。
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by zentsuken2011oita | 2011-03-19 08:44 | 秘密でない県民シリーズ