2011年 06月 12日 ( 2 )

協会の歩み③大分県聴力障害者福祉会館時代

 大分県聴力障害者福祉会館時代(昭和46年4月~昭和61年3月) 

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昭和46年には県の補助により「大分県聴力障害者福祉会館」が建設された。全国的にも早い時期に協会事務所を確保したことは、その後の大分県のろうあ運動に大きな影響を与えた。この種の利用施設に公的補助がなされたことは全国的にもまれなことであり、注目される成果でもあった。

 この「大分県聴力障害者福祉会館」に県の委託事業として「聴力障害者相談員設置事業」を受託。聴力障害者相談員が昭和46年から設置され、行政との事務処理や会員活動の事務等が行える体制が整った。その後の昭和49年には2階部分を増築し、会員総会等も開催できるフロアを確保できた。1階部分には宿泊できる部屋もあり、独身ろう者が生活していた時代もあったが、その後民間のアパート等への希望者が増え、1階で生活するろう者はいなくなった。

 いずれにしてもろう者が気軽に集える場所が確保できた意義は大きく、各種の相談も徐々に寄せられるようになった。県からの委託事業である手話奉仕員養成事業(昭和46年)やろうあ者日曜教室(昭和47年)の会場としても使用されるようになった。また、手話サークルの定例会場としても使用され、ろう者と手話学習者の交流の場としても使われるようなり手話通訳者養成の場としても重要な役割を果たした。
 
 この会館を拠点にして協会役員の会議が開催され、県協会主催の会員向け事業や各種の運動も企画されるようになった。会員の拡大にもつながってきており、各種の活動や運動の促進がなされた時期であった。
 新年文化講演会の開催、運転免許取得のための街頭ビラ配り、署名、カンパ活動、県内の主要機関に手話通訳者設置の要望、テレビ局に手話・字幕挿入を要望、県知事選や市長選の立ち会い演説会に手話通訳を付けた。
                               
 昭和50年には県下で初の手話通訳者を大分市役所に設置、昭和52年には大分市役所にろうあ者相談員を設置等、様々な成果を残した時期である。
 ろうあ運動を推進していくために必要な条件は様々だが活動の拠点として協会事務所ができたことと、事務処理を行う人が配置されたことには大きな要素と言える。
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<S49.10 ろう者の運転免許取得通訳>    
 その後昭和56年の国際障害者年を契機にいわゆる手話ブームが到来し、県下各地で手話講習会が誕生、その修了者を中心として手話サークルが結成されるようになる。
 この当時の協会の主な事業としては大分県からの委託事業(手話奉仕員養成事業・手話奉仕員派遣事業・ろうあ者日曜教室開催事業・聴力障害者相談員設置事業)と県下市町村からの手話講習会の委託事業が中心であった。職員は聴覚障害者相談員1名体制だった。
 一方会員向けの活動も活発化してきた時期であり、青年部、婦人部、老人部活動や手話劇「ピエロ」の活動等が積極的に行われ、一般市民に手話やろうあ者の活動が浸透していった時期である。

<S59 第4回全国ろうあ者演劇祭典ピエロ 「泣いた赤鬼」で出演> 
 この時期、県庁へ手話通訳者が設置され、他の市役所にも手話通訳者が設置されるようになったことにより行政への手話通訳者設置体制の基礎が整いつつあった。
 その後昭和61年に大分県総合社会福祉会館が建設されることになり、聴力障害者福祉会館にとどまるか新しい福祉会館に入居するかの決断を求められることとなった。最終的に建物の老朽化や利用者の減少、会館の維持費等の問題を考えて福祉会館に入居することに決定した。
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by zentsuken2011oita | 2011-06-12 05:42 | 運動と協会事業

友情の蛍

「友情の蛍」竹田小、大分市の施設へ
[大分合同新聞 2011年06月11日 より引用]

 竹田小の児童(右)からホタルを受け取るあけぼの学園と清明学園の代表=11日午前
 竹田市竹田小学校(下田博校長、139人)の6年生約20人が11日、e0209208_189619.jpg大分市東大道のろうあ児施設「あけぼの学園」と盲児施設「清明学園」(いずれも中川隆博園長)を訪れ、地元で捕まえた約380匹の「友情の蛍」を贈った。

 竹田市の旧明治小と両学園との間で長年行われ、統合後の竹田小が引き継いだ恒例行事で、今年で59回目。贈られたホタルは学園の子どもたちが飼育して卵を産ませ、幼虫にふ化させた後、竹田小へと“里帰り”させている。

 この日は、学園で受け渡し式があり、竹田小の代表がホタルの入ったケースを手渡した後、児玉志保さん(11)が「皆さんがホタルを見て喜んでもらえることを楽しみにしながら捕まえた」とあいさつ。
 あけぼの学園代表の比嘉宗太さん(17)=県立聾(ろう)学校高等部3年=は「学園の近くにはホタルがいないので、毎年楽しみにしている。みんなで大切に育てます」と話した。

1984.7.15大分合同新聞 記事
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by zentsuken2011oita | 2011-06-12 05:40 | 秘密でない県民シリーズ